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【DAY8】 メキシコに刻まれる夢の跡 

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杉山世子の【メキシコ滞在記】

2014/08/02

【DAY8】 メキシコに刻まれる夢の跡

豆乃木杉山は7月26日より2か月間メキシコに滞在します。日々のことを綴ります・・・

【DAY8】 メキシコに刻まれる夢の跡

メキシコに来て一週間がすぎた。
日本の朝8時は、メキシコの前日の夜の6時。
なんとなく私の一日は日本時間に合せて始まっている。
 
メールやskypeで日本とやりとりをし、時に新規のお客さまから思いがけないご注文をいただくことも。
メールにて、
「実は今、メキシコにおりまして・・」
なんて言うと、なんかとんでもない会社にお問い合わせしてしまったぞ、という反応をされまいかと心配している。
 
でもご安心していただきたい。日本には頼もしい仲間が、WEBショップや発送、ショップ巡回を担ってくれている。(私がいない方が、物事がシンプルに回っている気も。)
 
さて、こちらに来て2度目の週末。
 
日本では曜日感覚もなく仕事してきたが、こちらでは土曜、日曜日はしっかりとお休みをいただくことに。
 
土曜日は、在チアパスの日本人の方のお宅にお招きいただき、その方のメキシコ人の奥様の手料理に舌鼓を打つ。前回もお邪魔させていただいたのだが、マダムはプロ級の腕前。
 
メインディッシュは、チレス・エン・ノガーダというメキシコ国旗の「赤」をざくろ、「白」をくるみのクリームソース、「緑」をチレ(トウガラシ)で表現している大変縁起のよいお料理。
9月15日のメキシ独立記念日のあたりになると、よく見かけるようだ。
 
ポブラーノというピーマンが大きくなったような、さほど辛みのないチレの中に、肉、フルーツ、ナッツ、タマネギ、じゃがいもどを炒めた具を入れたものに、くるみをつぶして、クリームと和えたソースがかかっている。
 
仕上げにザクロの果肉(他にパセリも一般的)がちりばめられる。何種類もの材料を使い、メキシコ料理のなかでも最も洗練された料理のひとつと言われているとか。たしかに、目をひく鮮やかな色合い、そして数種類もの具材のバランスもよく、食べても美味しい。メキシコの奥深さはお料理にも感じられる。
 
さて、そのお宅で、あるマンガを借りてきたので、今日はそのストーリーに少し触れたい。
タイトルは『サムライたちのメキシコ』(漫画 メキシコ榎本植民史)。
 
―今から100年以上も前に、理想郷建設に夢をかけた男たちの物語―
 
と書かれている。
 
明治時代、植民推進論者だった外務大臣・榎本武揚の発案によって、国家政策として、ラテンアメリカで一番最初に移民が送られたのがメキシコだった。
1897年3月、36名の若者を乗せた船が横浜港を出港した。
 
コーヒー栽培をして一攫千金を夢見ていた若者たちにつきつけられた現実は、開墾用にあてがわれていた土地は、アラビカ種の栽培には不向きな低地であったこと、さらに、船が到着したのは雨期だったため、作物を育てることなど到底できないことなど、想像をはるかに超える苦難が待ち受けていた。
 
その中で、やがてメキシコ人に敬愛され、溶け込んでいく日本人の姿を美しく描いている。彼らはなんて無茶で、なんて勇敢なんだろう。
 
私も、女性という立場がそれを許されないかもしれないが、その時代に生まれていたら、37番目の開拓者だったかもしれないと思いを馳せつつ、涙をふきつつあっという間に読んでしまった。
 
読後、改めて、本の最初に描かれている芭蕉の俳句を読み返すと、またこみあげてくるものがある。
 
 
「夏草や つわもの共の 夢の跡」
 
 
明治初期の、若者たちの選択と、夢をかなえるために必死に生きた描写をみて思うこと。
―我々ももっともっと勇敢に生きよう。
何不自由のないこの時代に生まれておきながら「チャレンジ」しないなんていう選択はあり得ない。100年以上も前の開拓者からもらったこの気概を、エネルギーを、私は無駄にしたくない。