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「第2章 コーヒーとカフェの歴史」③カフェの歴史(1)イギリス・フランス編

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コーヒーマイスターへの道 2022

2022/08/20

「第2章 コーヒーとカフェの歴史」③カフェの歴史(1)イギリス・フランス編

第36期コーヒーマイスター養成講座を受講します⑦

「第2章 コーヒーとカフェの歴史」③カフェの歴史(1)イギリス・フランス編

皆さん、おはようございます。

「第1章 コーヒーマイスター」前編・後編、そして「第2章」1部、2部をご覧の上で、こちらの第2章にお入りください。



「第1章 コーヒーマイスター」前編
https://www.hagukumuhito.net/news/?mode=detail&article=1122

「第1章 コーヒーマイスター」後編
https://www.hagukumuhito.net/news/?mode=detail&article=1123

「第2章 コーヒーとカフェの歴史」1部
https://www.hagukumuhito.net/news/?mode=detail&article=1128

「第2章 コーヒーとカフェの歴史」2部 コーヒーの栽培
https://www.hagukumuhito.net/news/?mode=detail&article=1127

 

第2章の章立てについてはこちらのブログにてにてご確認ください。
本日は第2章の最後のパート、「2-4 カフェの歴史」について、ともに学習していきましょう。
本日の学習はイギリスとフランスのカフェ文化について。

イギリスはもともとコーヒーの国だった

・中世ヨーロッパの居酒屋:「ターヴァン(仏語:タヴェルヌ)」「エール・ハウス(仏語:キャバレ)」

・上記が「酩酊」の場 ↔︎ カフェはそこに「覚醒」をもたらす(「酩酊」↔︎「覚醒」


・背景には、ヨーロッパの近代市民社会、資本主義経済の進展による時代の要請

 →カフェがヨーロッパ社会に浸透

2-4-1 ロンドンのコーヒーハウス

イギリスではカフェは「コーヒーハウス」と呼ばれ1652年、アルメニア人パスクァ・ロゼがロンドンに初のコーヒーハウスを開業。

・約30年後の1683年には、、ロンドン市内のカフェは3000軒を数えたと言われている

(17世紀後半には、オランダからモカへコーヒーの定期輸入することに)

・当時のコーヒーハウスは「ペニー・ユニバーシティ」と呼ばれ当時の通貨である1ペニーを払えば誰でも参加できる市民コミュニティであり、資本主義の実験の場

・代表的なコーヒーハウス

① 商品取引 トムズ
②先物相場 ベイトスンズ
③株式相場 ジョナサンズ
④保険 ロイズ
⑤海運 ジェルサレム
⑥新聞、詩、小説 ウィルズ
  バトンズ
  スクワイヤー
⑦出版 ロンドン
⑧賭博 リトル・マンズ
⑨絵画・彫刻 スローターズ
⑩政治 ココア・トゥリー
  セント・ジェイムズ


・18世紀後半には、コーヒーハウスは徐々に衰退に向かう(コーヒーハウスからより親密な「クラブ」へ)

・女性客にも開かれたアトラクション付きティーガーデンへと客が奪われる

・19世紀には、イギリスは紅茶の国に方向転換

・交流の場は、クラブかパブへ

2-4-2  パリのカフェ

現在も続くカフェ文化

・1669年トルコ大使ソリマン・アガがパリに着任し、コーヒーサロンを開催して以降、貴族を中心にコーヒーは徐々に認知される

・1686年、はじめて本格カフェ「プロコプ」が登場→キャバレやタヴェルヌとは違い、鏡、タペストリー、大理石のテーブル、シャンデリアなど華麗な装いでパリの上流階級の話題に。

・18〜19世紀には「居酒屋やキャバレは下層の民衆と酩酊、カフェは上流・知識階級と覚醒」という図式が確定する


・「理想の世紀」、フランスの18世紀はカフェの黄金時代に

・ロンドンのコーヒーハウス「資本主義の実験場」に対して、パリのカフェは「近代の知の発信基地」
 →「プロコプ」や「ラ・レジャンス」などのカフェはヴォルテール、ジャン=ジャック・ルソー、ディドロ、ダランベールなどの啓蒙知識人、学者を引きつけ知的な交流と談論の場を提供

・18世紀のカフェはギルド(同業組合)の規制により下記のような状態

提供できる商品 提供できない商品
コーヒー
レモネード

チョコレート
(ソフトクリーム、ソフトドリンク、リキュール類のみ)

*新聞、雑誌、カードゲーム、チェスなどを用意
ワイン
ビール
食事

・1788年、フランス革命前夜のパリには、人口約60万人に対して約1800軒のカフェがひしめき合い、カフェはすでに大衆化し、特権階級や知識人の黄金郷ではなくなっていた

・カミュ・デムーランがパレ・ロワイヤルの「カフェ・ド・フォワ」のテラスで行なった演説に扇動された群衆による「バスティーユ襲撃」で、フランス革命の幕が切って落とされる

・「フォワ」「シャルトル」「カヴォ」と言ったカフェは、ジャコバン派、ジロンド派、王党派などの政治勢力の溜まり場になり、革命の司令室に

・革命後、19世紀のカフェは、アルコールや食事を自由に提供できるようになり、一方では、カフェ・レストランという業態として、高級化路線を進み、洗練された料理を提供し、新しく支配階級となったブルジョワジーを顧客にする

 ↔︎他方で、ワイン、ビールなどのアルコール類を扱い、大衆化を進めたカフェは、ブラスりーやビストロと言った食事を提供する居酒屋と境界線が融合

・フランスのカフェは需要の多様化に適用しながら、現在に至るまでフランス社会に根付いている


本日は、イギリスとフランスのカフェ文化について学びました。
イギリスでは、コーヒー文化から紅茶文化へ以降していく流れがとても興味深い点です。一方で、フランスでは、形を変えながらも、社会と歴史の根幹に、カフェがある点で、一度フランスへ行ってカフェを巡りたいと感じるほどでした。

次回は、「イタリア」「ウィーン・ドイツ」のカフェを見ていきましょう。

参考:日本スペシャルティコーヒー協会より配布された教材資料

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【自己紹介】
・静岡県浜松市生まれ
・青年海外協力隊3カ国経験
・28歳で慶應義塾大学SFC入学 ・卒業後、株式会社豆乃木を2011年に創業
・現在第11期目
・趣味はYouTube鑑賞 (好きなYouTuberはライクサタデー、メインハイ、2か月のパパ)

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