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杉山世子のガチ日記

2017/05/07

その「支援」をするために必要なこと

大学生の<支援者>の声はなぜ届かないのか?

ゴールデンウィーク最終日、いかがおすごしですか?
私は前半を浜松で、そして後半はしっとりと神奈川で過ごしておりました。

さて、先日、昔々に、マラウイという国で、一村一品運動(略してOVOP-One Village One Product)に関わっていたときにお世話になった人たちとの再会がありました。その中には、
つい最近、アフリカから帰国した方、さらには中米から一時帰国している方がおり、話に華が咲きました。特に、二次会では、オープンカフェで、寒さ震えながらの、熱い「一村一品論」の語らいと相成りました。そのときに感じたことや、その後、自分なりに考えたことを記事にしましたので、よろしければご覧ください。




<売る・売れる>ことの大切さ

一村一品運動には3つの原則(1.ローカルにしてグローバル、2.自主自立・創意工夫、3.人づくり)があります。要するに、地域資源を、創意工夫によって磨き、世界に通用するものづくりを行う。そのための人づくりの運動だと言われています。そして「人づくり」こそが、一村一品運動の究極の目標だと運動発祥者の故平松守彦元大分県知事は言っています。

でも、そのためのプロセスはさまざま。内発的発展論の論者である鶴見和子さんも「それぞれの社会、地域にはそれぞれの生態系、文化、社会構造があり、人が豊かに暮らすという到達点・目標は同じでも、それに至る道筋、方法にはそれぞれのやり方がある」と言っています(映像資料「邂逅」)。
大分県は、一村一品運動を掲げたときに、「行政はあくまでも、技術支援やマーケティングなどの側面からの支援に徹する。」とし、尚且つ「県は自ら助く者を助く」と言いました。つまり、自らよくなりたいと行動する人に対して、支援すると言うのです。
私は、そこに引っ掛かっていました。では、「自分たちの村にはなんにもない」と悲観して行動できない多くの人たちはどうなるのだろう。彼らこそ、自ら動き出す「きっかけ」が必要なのではないか。彼らをやる気にさせる「スイッチ」こそが支援の第一歩なのではないだろうか、と。

そのスイッチにかなり関わってくる部分が、「物が売れる」ということだとわかったのは、実は研究を終えて、豆乃木を始めてからのことです。

大学生の<支援者>の声はなぜ届かないのか?

こんな話があります。
大学生が、サークル活動の一環で、ある村に入って、とあるグループの「支援活動」を行ったようです。彼は一生懸命、ネットからの情報や文献を参考に、彼らに指導を行いました。でも村人たちは結局、聴く耳を持ってくれなかった。
あるとき、日本の実業家が村にやってきて、
「あなたたちの商品を全部買います。但し、ココの部分とココの部分を修正してください。」
と指示したところ、村人たちは急いで修正をしました。
その修正箇所は、以前より大学生の彼が指摘していた部分でもあったのです。

実は私も似たような経験があります。
最初の頃、メキシコのコーヒー生産組合の面々は、私の話に耳を傾けようとしませんでした。例えば、麻袋の中にグレインプロという豆を保護するビニール袋を一枚かまして欲しい、と最初の訪問で彼らに投げかけたときも、彼らは頷くことはありませんでした。何度かの訪問を重ね、私が彼らから豆を買えるようになったときに、彼らはあっさりとグレインプロを使ってくれたし、私をコミュニティ(村)に、自ら案内してくれるようになったのです。


変化のきっかけは「自信」を持つこと

コーヒー豆のトレードには、<ものを買う>という行動を通して、彼ら生産者と関わることが必要だということがわかりました。一村一品運動も、地域産品の商品化を行うのであれば、生産者グループに対しては、「物が売れる」という実感を持ってもらうことがとても大きなポイントになるのだと、今は思います。
でも支援の方向性は、それだけではありません。私がともに成長していきたいと考えていた対象は、生産者グループだけではなかったのです。私には、一緒に働くマラウイ人の同僚(協力隊時代はカウンターパートと呼んでいた)がいました。彼女には、生産者グループとは違う、別のアプローチが必要でした。

彼女もよく知るかつての仲間との再会を伝えるために、みんなで撮った記念写真を、マラウイに住むマラウイ人の元同僚に送ったのです。彼女は、「懐かしい!」と喜び、いつものように
「あなたの事業はうまくいっているの?」
と訊ねてきました。だから私は、「少しずつよくなっているよ。あと2~3年頑張ったら、またマラウイへ行ける余裕ができるかな。」と返すと、「早く戻ってきて、また私にいろいろと教えてほしい。私はあなたからたくさんのことを学んだのだから。」と言ってくれたのです。

はっきり言って、当時26歳で、大した社会経験もない私には、カウンターパートである彼女の育成は荷が重いと思っていました。協力隊にとって、カウンターパートの育成は大きな役割のひとつでもあったけれど、限られた期間ということもあり、私はその項目を、早々に放棄していました。そのため、かなり「自由」に行動していました。彼女は、フィールドばかりに出たがり、事務所に居ることの少ない私に「また外に行くのか」とあきれていました。
 そんな私たちですが、たった一度だけ、共同で取り組んだ事がありました。それはマラウイ国内での全国ミーティングの中で、一村一品運動のプレゼンテーションを行う、というものでした。彼女は、その中の一部を担うことになったのです。私は彼女のプレゼン練習に付き合いました。内容はある程度決まっていたので、どちらかと言うと、声のスピードや間(ま)、態度などをチェックし、繰り返し練習したのです。
 本番、彼女は、練習通り、堂々とプレゼンすることができました。それは、たった一回のプレゼンでしたが、そのことで、随分と彼女が、社会人として自信をつけたという印象がありました。
「私はあなたからたくさんのことを学んだ」
と彼女は事あるごとに言ってくれているのですが、私が直接彼女に何かを伝えたのは、多分、その一度だけだったと思うのです。

でも、たしかに、そのプレゼンをきっかけに、その後、いつものように「フィールドへ出掛けて行く私」に対して、彼女は、
「あなたは、どんなことをやろうとしているの?」
「なんで、それをやろうと思うの?」
と興味を持って、聞くようになってきました。そこからは、一緒にフィールドに行くことも多くなりました。

「人づくり」とは経験の伝承

私ももともとプレゼンが苦手でした。苦手と言うよりも、人前でなにかを話す経験がほとんどなく、何をどうしていいのかさえわかりませんでした。
マラウイへ行く前、前職で営業職に就いていたのですが、各支店で、販促のための企画を立案し、全国会議でプレゼンする、ということがありました。当時、新人だった私が、その支店を代表して、全国会議でプレゼンすることになったのです。
実は、私は、異例の2回連続で、全国会議に出席し、プレゼンする機会をもらっていました。
一度目は、当時(2005年頃)パワポも使えない私は、同僚に作ってもらった資料を、ただ人前で読みあげただけで、その企画は、箸にも棒にもかかりませんでした。上司が、「もう一回やって来い!」とチャンスをくれて、異例の2連続の登板となり、2回目、上司や同僚に付き合ってもらい、プレゼンの練習を積み、私たちの支店の企画が、全国で採用されることになったのです。プレゼンの最後に、当時流行っていた波田陽区(!)のモノマネで締めたプレゼンを、「前回と同じ人のプレゼンとは思えない」と言って労らってくれた営業部長の言葉が、今思い起こせば、ひとつの自信になりました。思えば、私は、前職の上司が、私にプレゼンの面倒をみてくれたように、マラウイ人の彼女に接しただけでした。

経験者が、他者に自らの経験をシェアすること。必ずしも、他者の経験が、直接、自らの役に立つわけではないかもしれないけれど、経験の伝承も「人づくり」の大きな要素です。人の役に立ちたい、と多くの人が思うことですが、そのためには、自分自身が、いろいろな「経験」をすることが大切なのだと思います。経験のための第一歩は、アクション(行動)でしかないので、やっぱり行動をすることは重要になってきます。

今の自分にできることを、やる

だからと言えって、どちらかと言えば、まだ経験値の低い大学生には、支援をすることができない、とは言えないと思います。彼らだからこそできることが、きっとあると思うのです。当時、社会人経験も浅い私が、唯一、自らももがいた経験のあった「プレゼン」を通して、同僚との関係性を築いたように、自分の持っている引き出しを、もう一度見返してみると、それがコミュニケーションの第一歩となり、「彼ら」を動かすきっかけになるかもしれません。
話をメキシコのコーヒー生産者とのことに戻すと、私は、彼らにとっての「顧客」かもしれないけれど、彼らの「支援者」でもありたいし、彼らも、豆乃木の「支援者」であって欲しいと思います。お互いに、支え、応援し合い、双方ともに、目指すべき方向に進んでいければよいと思っているからです。そして、彼らを支えるために(自分が彼らに支えてもらうために)、私が今できることは、このコーヒーをひとりでも多くの人に届けること、やっぱりそれに尽きるのです。
他者をやる気にさせる「スイッチ」を見つけてあげることは、支援の第一歩ではありますが、まずは、自分が行動をし、経験を重ねていくことが、人の役に立つことの、はじまりのはじまり、だと振り返ってみて、思うのです。